\[ \renewcommand\le\leqslant \renewcommand\ge\geqslant \newcommand\id{\mathrm{id}} \newcommand\adef{\stackrel{\mathrm{def}}{\Longleftrightarrow}} \newcommand\surj\twoheadrightarrow \newcommand\incl\hookrightarrow \newcommand\gen[1]{\langle #1 \rangle} \newcommand\Set{\mathbf{Set}} \newcommand\Grp{\mathbf{Grp}} \newcommand\Abl{\mathbf{Abl}} \newcommand\op{\mathrm{op}} \newcommand\frk\mathfrak \newcommand\brk[1]{[ #1 ]} \DeclareMathOperator\Ker{Ker} \let\Im\relax \DeclareMathOperator\Im{Im} \DeclareMathOperator\Ab{Ab} \DeclareMathOperator\Coim{Coim} \DeclareMathOperator\Coker{Coker} \DeclareMathOperator\End{End} \DeclareMathOperator\tr{tr} \]

意見や質問,訂正依頼等は

のいずれかまでお願いします.

\[ \DeclareMathOperator\reprho{\stackrel{\rho}{\curvearrowright}} \DeclareMathOperator\reprhotensor{\stackrel{\rho^{\otimes 2} \Delta}{\curvearrowright}} \DeclareMathOperator\Func{Func} \]

はじめに

去る12月22日(土)に,@kyotomathmath で Advent Calendar に書いたことに関連して話をしました.ここにその概要を議事録的に残しておこうと思います.本当は可換図式も描ければいいのですが,力尽きてしまいした.

☡ Remark は,通称「危険な曲がり角」(dangerous bend)と呼ばれ,比較的発展的な内容であることを指します.

群論のコンテクスト For groups

以下では,群と Lie 代数がとても似ていることを確認して,その後量子群や Yang-Baxter 方程式へと踏み込んでいきます.

準備 Preliminaries

任意の(空でもよい)集合 \(A\) と一点集合 \(\{ 1 \}\) に関して次のような全単射があることに注意します: \[ \begin{align*} A \times \{ 1 \} \cong A \cong \{ 1 \} \times A. \end{align*} \] ここで,\(\cong\) は全単射があることを意味しています.この対応は \[ \begin{align*} (x, 1) \mapsto x \mapsto (1, x) \end{align*} \] で与えられます.

そこで,上の全単射をすべて同じ記号 \(\iota\) で表すことにします:

恐らくどの \(\iota\) を使っているかは文脈で判断できるでしょう.

圏論では,これらの全単射を(集合の圏における)自然同型natural isomorphism)と言います.

さらに,任意の集合 \(A\)\(B\) に関して次の全単射(自然同型)があります: \[ \begin{align*} &\tau \colon A \times B \to B \times A, \\ &\tau (x, y) := (y, x). \end{align*} \] これも,\(A, B\) を明示せず単に \(\tau\) と書きます.

群における写像たち Maps in the definition of groups

日曜数学 Advent Calendar で触れたように,groups)は次のように定義できます:

ここで,\(\Delta \colon G \to G \times G\)\(\varepsilon \colon G \to \{ 1 \}\) は次で定まる写像です: \[ \begin{align*} \Delta (x) &:= (x, x), \\ \varepsilon (x) &:= 1. \end{align*} \]

そして可換群commutative groups)とは,群 \(G\) であって,\(\mu = \mu \circ \tau\) であるようなもののことです.

\((G, \mu_G, \eta_G, S_G)\)\((H, \mu_H, \eta_H, S_H)\) の間の写像 \(\varphi \colon G \to H\)群準同型group homomorphism)であるとは,次の条件を満たすことをいう:

\((G, \mu_G, \eta_G, S_G)\)\((H, \mu_H, \eta_H, S_H)\) の間の写像 \(\varphi \colon G \to H\)反群準同型group anti-homomorphism)であるとは,次の条件を満たすことをいう:

群論でよく知られているように,\(\Delta\)\(\varepsilon\) は群準同型であり,\(S\) は反群準同型です.

一点集合,直積集合,直積写像はすべて圏論的な概念であり,集合の元の表示を使わずに定義できます.

任意の集合 \(A\) と上のように定まる写像 \(\Delta \colon A \to A \times A\)\(\varepsilon \colon A \to \{ 1 \}\) に対して,次の式が成り立ちます:

\(G\) の表現 \(G \reprho V\) を考えます.\(G\) 上の写像 \(\Delta\) を使えば,表現 \(G \reprhotensor V^{\otimes 2}\) を構成できます.ここで,\({}^{\otimes 2}\) は同じもの2つのテンソル積を表します(e.g. \(V^{\otimes 2} = V \otimes V\)\(\varphi^{\otimes 2} = \varphi \otimes \varphi\)).

以上の定義では,「集合」と「写像」しか現れていないことに注意してください.

Hopf 代数のコンテクスト For Hoph algebras

\(k\) を固定します.体に慣れていないなら \(k = \mathbb{R}, \mathbb{C}\) のときを考えればよいです.

今までの話において,次のような置き換えを実行します:

すると Hopf 代数と呼ばれるものが出てきます.

準備

\(V\)\(k\) 上ベクトル空間としたとき,集合の場合と同様に次の線型同型があります: \[ \begin{align*} V \otimes k \cong V \cong k \otimes V. \end{align*} \] \(\cong\) はやはり線型同型を表す記号で,この線型同型は具体的に \[ \begin{align*} x \otimes 1 \mapsto x \mapsto 1 \otimes x \end{align*} \] で与えられます.これも自然同型となります.これらの線型写像をすべて \(\iota\) と書きます.

そして \(k\) 上ベクトル空間 \(V, W\) に対して, \[ \begin{align*} &\tau \colon V \otimes W \to W \otimes V, \\ &\tau (x \otimes y) := y \otimes x \end{align*} \] という線型同型(自然同型)もあります.

Hopf 代数の定義 Definition of Hopf algebras

群の場合とのアナロジーをよく意識してください.

\(k\) 上の代数algebras)とは,次の組のことである:

例えば,\(k\)\(k\) 上代数です: \[ \begin{align*} \mu (x \otimes y) &:= x y, \\ \eta (\alpha) &:= \alpha. \end{align*} \]

\((A, \mu_A, \eta_A)\)\((B, \mu_B, \eta_B)\)\(k\) 上の代数とする.代数の間の線型写像 \(\varphi \colon A \to B\)代数準同型algebra homomorphism)であるとは,次の条件を満たすことをいう:

線型写像 \(\varphi \colon A \to B\)反代数準同型algebra anti-homomorphism)であるとは,次の条件を満たすことをいう:

\(k\) 上の余代数coalgebras)とは,次の組のことである:

例えば,\(k\)\(k\) 上余代数です: \[ \begin{align*} \Delta (x) &:= x \otimes 1 = 1 \otimes x, \\ \varepsilon (x) &:= x. \end{align*} \]

\(k\) 上の双代数bialgebras)とは,次の組のことである:

ここで,\(B \otimes B\) には自然な代数の構造を入れ,\(k\) には上で述べた代数の構造を入れます.

\(k\) 上の Hopf 代数Hopf algebras)とは,次の組のことである:

Hopf 代数の \(S\) について,群論と対応した次の命題があります:

\(k\) 上の双代数 \((H, \mu, \eta, \Delta, \varepsilon)\) に対して,\(\mu \circ (S \otimes \id_H) \circ \Delta = \eta \circ \varepsilon = \mu \circ (\id_H \otimes S) \circ \Delta\) を満たすような線型写像 \(S \colon H \to H\) は,存在すれば一意である.

さらに,そのような \(S\) は反代数準同型となる.

表現論と量子群

Hopf 代数の例

まず \(k\) 上 Lie 代数 \(\frk g\) を取り,その普遍包絡環universal enveloping algebra\(U (\frk g)\) を考えます.名前から想像できる通り \(U (\frk g)\)\(k\) 上の代数ですが,実は Hopf 代数にもなります. それを確認するために,\(U (\frk g)\) の表現 \(U (\frk g) \reprho V\) があるときにテンソル積表現 \(U (\frk g) \reprhotensor V^{\otimes 2}\) を構成する方法を思い出しましょう.(知らないのであれば,たとえば Humphreys を読むといいです.)代数準同型 \(\Delta \colon U (\frk g) \to U (\frk g) \otimes U (\frk g)\)\[ \Delta (X) := X \otimes 1 + 1 \otimes X \quad (X \in \frk g) \] と定義します.すると,\((\varepsilon \otimes \id_C) \circ \Delta = \iota = (\id_C \otimes \varepsilon) \circ \Delta\) であるためには \(\varepsilon (X) := 0\) (\(X \in \frk g\)) と定義しなければならないことが分かります.そして \(\mu \circ (S \otimes \id_H) \circ \Delta = \eta \circ \varepsilon = \mu \circ (\id_H \otimes S) \circ \Delta\) であるためには \(S (X) := - X\) (\(X \in \frk g\)) と定義しなければならないことも分かります.

逆に,このように定めた \((U (\frk g), \mu, \eta, \Delta, \varepsilon, S)\) は Hopf 代数になります.

別の Hopf 代数の例として,群 \(G\) 上の関数環 \[ H = \Func (G) := \{ f \colon G \to k \colon \text{map} \} \] があります.\(G\) の群構造と \(k\) の Hopf 代数の構造を上手く使うことで,次のように構造射を定義します:

これによって,\(H\) は Hopf 代数となります.

この「\(G\) の群構造と \(k\) の Hopf 代数構造から \(H\) の Hopf 代数構造が定まる」ということは,圏論で一般化することができます.

量子群

\(G\) では当然 \(\Delta = \tau \circ \Delta\) が成り立っていました.普遍包絡環でも \(\Delta = \tau \circ \Delta\) が分かります.

一方で \(\Func (G)\) では,\(G\) が可換(\(\mu = \mu \circ \tau\))なとき,かつそのときに限り \(\Delta = \tau \circ \Delta\) が成り立ちます.

\(\Delta \neq \tau \circ \Delta\) でも,その特別な場合が Yang-Baxter 方程式を解く鍵となります.

\(H\)\(k\) 上の Hopf 代数とする.\(H\)braided であるとは,ある \(R \in H \otimes H\) が存在して,次の条件を満たすことをいう:

ここで,\(R_{12}, R_{13}, R_{23} \in H^{\otimes 3}\)\[ \begin{align*} R_{12} &:= R \otimes 1, \\ R_{13} &:= (\id_H \otimes \tau) (R \otimes 1), \\ R_{23} &:= 1 \otimes R \end{align*} \] で定義される.

この \(R\)universal \(R\)-matrix という.

この定義は \(\frk{S}_3\) における Coxeter relations を意識したものになっています: \[ (1 \ 2) (2 \ 3) (1 \ 2) = (2 \ 3) (1 \ 2) (2 \ 3). \]

説明は省略しますが,これと双対な universal \(R\)-forms と呼ばれるものがあり,次の驚くべき主張が成り立ちます(Faddeev-Reshetikhin-Takhtadjian):

有限次元の Yang-Baxter 方程式の解はすべて universal \(R\)-form から構成することができる.